看護診断との出会い(1)
看護診断って言葉を聞いたのが,今から約30年程前でした
.医学書院のある編集者と居酒屋にいった時,彼がもっていたのが,出版企画のゲラ刷りでした・アメリカには「看護診断」って動きがあって,その書籍を邦訳して出版するということでした.
当時,看護専門雑誌にやたらと「看護診断」って表現が使われるようになった頃でした.
そして、看護学雑誌のある号の中木高夫先生のコラムに「聖路加国際病院では,看護診断って言葉を使うと医者がなんや看護婦が・・って抵抗を示すので,看護診断っていわないで,英文をそのままNrsing diagnosesって言っているらしい」ってことが書かれていたりしました.
僕もなんだかよくは分かりませんでしたが,「失禁だとか便秘だとか」「セルフケアだとか」「不安だとか」の診断名が書かれていて,その定義と定義上の特性や関連因子がひとつに纏められていました.
その翌年になって,『Linda・J・carpenito 看護診断ハンドブック』が出版.また別の出版社からは『M・Gordon 看護診断』マニュアル』が出版されました.
それまでの看護学書は,ある一人の看護理論家によって著されたものが,次々と翻訳出版されていた時代でしたから「なるほど,看護診断も誰かが看護理論から看護問題を導いて,問題ラベルをつけたのだ」と,てっきりそう思っていました.
そして,その翌々年になって『NANDA(北米看護診断協会)看護診断-定義と分類1992-1993』が出版されました.
そうか「看護診断にはNANDA・カルペニート・ゴードン・キム」って種類があるのだと思っていました.
そんな時「医学書院サウンダース」っていう出版社が1983年に翻訳した『看護診断』って図書を手に入れました.
そこには,北米看護診断協会が,全米看護診断分類会議を1973年から設立して,1982年までの経緯と看護診断に対する論証が書かれていました.
なんだ「NANDA」っていう組織の活動は,いままで臨床看護婦が「患者の看護問題」として,「看護計画に記載していた問題ラベル」を,それが看護の範疇(看護婦が取り扱う患者のケア問題)かどうかを検証する組織で,その成果を「NANDA看護診断定義と分類」として社会に発表していたのだと分かりました.
「じゃあ,カルペニートやゴードンの看護診断はなんだ」って疑問も起こりましたが,その疑問が解けたのは,それから随分と年月がたってからでした.
さて、とにかく本流は「NANDA看護診断」ということなんだということで,当時,松木光子先生が主催しておられた「看護診断研究会」に参加しました.その研究会はまもなくして「日本看護診断学会」となり,入会にはその学会の評議員の推薦がいるというハードルの高い組織になっていました.
そこで,死の臨床研究会等で知り合った,当時,聖路加国際病院看護部長の井部俊子さんに推薦を頂いて,やっと入会することができました.
看護診断はきっと近い将来日本の看護を変えると信じて(2020年になった今でも何ら発展しているようには思えませんが)いました.
当時、看護計画は「標準看護計画」という「病気の療養・治療についての看護の仕方を書いたもの」が主流でしたので,患者さんの様々な看護の問題を,PES(寄与因子+症状や徴候+看護問題ラベル)の視点で観察して,看護計画を記載できるように学問が発展したと喜んでいました.(鷹井)
看護診断との出会い(2)
さてさて,ここで、もっとも重要な点ですが,NANDA(2000年からはNANDA-Internationalと改名)看護診断の定義と分類に書かれている「診断指標」と「関連因子」(リスク型の看護診断は「危険因子」)の「関連因子」が,ゴードン博士のいう(E:寄与因子)で,その関連因子を観察することから,診断のための推論思考が始まるのだという考え方は間違っていました.
看護診断は,患者の健康逸脱反応のパターンを観察した結果の問題標記でしょうが,現場で患者さんを観察していると,寄与因子なるものが,はっきりしないのです.
例えば,「眠れない」と訴える患者さんの原因を聞いても,「痛いから」「不安だから」は,わりとはっきりしていますが,「なんだか寝つきが悪くて・・」っていう患者さんのほうが多いのです.では、どこから,どのようにして,推論していくのでしょうか?
そのことが,はっきりとしたのは,随分と年月が経ってから,江川博士やゴードン博士に直接お会いした時でした.
2000年のある日,木村義(当時NEC勤務)さんから,電話があって,「新しい日本の看護を変革する学会を設立したいので,君も参加しないか」というお誘いを受けました.
その交流会で出合ったのが,江川隆子先生(当時は大阪大学医学部保健学科教授で,現:関西看護医療大学学長)でした.そのときから先生の看護に対する取組みのダイナミックさに魅了されました.
江川先生と取り組んだ活動のひとつに「看護診断を日本の臨床ナースに正しく伝授する」ということでした.さっそく研修会を企画しました.
その企画から生まれたのが,「看護診断の達人になるために基本と応用:30のQ」でした.
30の質問を,私が江川先生ぶつけて,解答を得るという企画です.そのQの中に,こんな質問がありました「看護診断の記述はRES方式が可能か」です.
答えは「ノー」でした.「看護診断の多くは,原因がはっきりしない.おそらく,たぶんそうだろうという推測は考えられるが,原因は明確ではない」というのです.
これでは「PES」は成立しないのです.
では,看護問題を観察するにはどうしたらよいのでしょうか?
医師も患者の病気の診断をすすめるときには,まず患者の主訴から,病気を推論し,検査による臨床症状から医学診断を確定に導きます.
看護診断も同じです.
看護問題の症状や徴候を患者が訴えたり,身体徴候を呈しているはずです.
看護診断の「診断の手がかり」となる症状・徴候を知っていれば,それに気づくはずです.
看護診断の観察は,各々の診断の症状を見つけることから始めます.
決して,関連因子から,診断を見出すのではないし,看護問題の原因は不確実だったのです..
M・ゴードン先生がPESの表現を発表したのが,確か1976年なんですって・・・
この考え方は,看護診断を開発するための論証としてのありようだったと,ゴードン先生にお会いして,初めて気づいたのでした.
M・ゴードン博士著の「NANUAAL OF NURSING DIAGNOSIS ELEVENTH EDITION」の翻訳をするチャンスに恵まれました.そして悪戦苦闘の結果,2010年2月8日に医学書院から発刊されました.
このマニュアルは,看護診断の解釈本とも言われますが,NANDA-I定義と分類と大きく異なるところは,次のような部分です.
1)NANDA-Iの承認する看護診断の他,ゴードン博士自身が開発した26の看護診断を掲載
2)実在型の看護診断の多くに,博士らのグループ1100名の臨床看護師調査による「診断の手がかり」と「指示手 がかり」を明確にしている
3)看護診断は「機能的健康パターン(観察・アセスメントのための枠組み)」にそって,層別されている
ことです.原著の翻訳作業は看護アセスメント研究会のコアによって行ない,,江川隆子教授(現関西看護医療大学学部長)の協力で出版できたのですが,原書を翻訳中に多くのヒントを得ることができました.
現在,国内で,診療録の電子化が進んでいますが,その電子化での看護記録のシステム構築に関する問題点についてのヒントです.
1.看護過程にそった電子化が成されていないこと1)
セブンラベルの看護診断は,時には観察の段階で診断から除外される
看護過程の第一段階の思考は「観察/アセスメント」ですが,次の看護診断は患者の状態や,医療的条件によって,すでに看護治療を行なうための思考から除外されると,江川隆子教授は言っています.
1)床上移動障害
2)移乗能力障害
3)歩行障害
4)摂食セルフケア不足
5)排泄セルふケア不足
6)入浴/清潔セルフケア不足
7)更衣/整容セルフケア不足
看護診断思考できない条件は次のような患者の場合です.
①医師の治療的制限で看護治療で機能訓練等を行なうことができない場合
②患者自身の機能の回復が望めない場合,或いは家族及び看護判断で訓練を行なえない場合
①の多くは,術後や保存的療法を行なっている患者の場合によく観られる条件です.全く動かしてはならない指示の場合と,看護者による行動援助のみ(自力での可動は禁止)の場合があります.
.②は,先天性の身体機能障害の患者さんや超高齢者で寿命からして訓練を要しないと判断する,或いは本人・家族がそれを望まない場合(癌末期の患者さんも含む)
②は,かなりの倫理観や看護観が左右されますので,家族等と事前に相談しておくほうが良いと思います.
このような場合は,情報の看護診断解釈は必要ありませんので,ナースの思考は看護計画の前段階まで,一気に飛んで,どのようなケア(介護・援助)が必要かを判断します.
例えば,「床上移動障害」では,
1)体位変換介助ケア
2)坐位移動介助ケア
3)端座位保持介助ケア
また「摂食セルフケア」では,
1)摂食介助ケア
2)セッティングケア
等となります.
看護診断の症状・徴候はどのような状態を観察するのでしょうか
NANDA-Iの定義と分類を読むと分かりますが,200年からは分類法Ⅱと称して「多軸構造」になっていて,7つの軸があります,第1軸は「診断概念」で必須得軸ですが,第7軸が「診断状態」を現し,多くは≪実在型≫そして≪リスク型≫です.≪ウェルネス・ヘルスプロモーション≫は,なんだかつかみどころのない観察が難しい診断です.
臨床で観られる看護診断の症状は,殆ど実在型です.リスク型の診断は,観察の判断が難しいと思います. でも「転倒リスク状態」「皮膚統合性リスク状態」は社会保険診療報酬で点数化されている診断です.他にリスクマネージメントの観点からだと「身体損傷リスク状態」「対自己暴力リスク状態」「自己傷害リスク状態」等があります.
3年前にM・ゴードン博士が,僕たちの研究会の為に来日講演をしていただいたときに,こんなプレゼンを行なってくれました.
「アツ!何かが空を飛んでいる」「あれは鳥か,飛行機か,それともスーパーマンかな?」って・・・
「鳥だったら翼があるし,飛行機だたらプロペラがある.またスーパーマンだったらマントがきっとあるはず」って言うのです.
これは看護診断の観察方法を例えたもので,「空を飛んでいる」という事実は,「診断の手がかり」で,言い換えれば,診断の症状のなんです.例えば,「食欲がない」と言う訴えです.「栄養摂取消費バランス異常:必要量以下」だと,BMIは18.9%以下だし,「便秘」だと,排便がなくて,腹部の緊満感があるし,「不安」だと,オドオドしたり,落着きがなく,時には布団にふさぎこんでいるという症状も起こるのです.でもこれらは「食欲がないの・・・」っていう訴えの症状が共通しているのです.
この考え方で看護診断を推論できるのは,看護診断の各々の診断の手がかりとなる症状や,その副次的な症状まで覚えておかないと観察できません.
そこで,江川教授を塾長とする「看護診断寺子屋塾」では,臨床で観られる看護診断をリストアップ(.当時48名の臨床ナースによって選択)した看護診断から,診断の手がかりとなる「診断指標」を決定して,その指標の臨床的症状を抽出しながら,観察項目を機能的健康パターンの枠組みに基づいて整理したのが「成人看護系アセスメントツール(演習版)」として完成しました(NAR版Ver.1.0.現在Ver.2.0開発).
このツールは60の看護診断で成り立っています.そして,M・ゴードン博士の「機能的健康パターン」の11のパターンに層別して(すでにゴードン博士によって診断ラベルは層別されていますが),その枠組みに適応する看護診断を推論できるようになっています.その後,一部観察項目を改変したのが,現在,NAR版Ver.2.0として活用しています.
巷では,NANDA-Iの分類法Ⅱの13の枠で観察するのだとか.ロイ看護理論から観察するのだとか言われていますが,実際に看護診断の診断手がかりの症状・徴候を導きだしているのでしょうか?
もしかしたら,「枠組み」だけ使って,後は作成者の勝手な解釈で,ツールの中身を創作しているのではないでしょうか?